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「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

2壁と話すのにも飽きて人恋しくなった時に

2 壁と話すのにも飽きて人恋しくなった時にお勧めの本
【1】「覆面作家シリーズ」北村薫著「角川文庫」
 天国的な美貌の持ち主「姓は覆面、名は作家、ペンネーム覆面作家こと新妻千秋」を主人公とする名探偵シリーズです。
 自宅では大富豪の御令嬢、外ではサーベルタイガーという外弁慶の新妻千秋をホームズに、「推理世界」編集者岡部良介をワトソンに当て嵌め、日常生活の謎を解明していくこのシリーズは基本的に悪人が出てきません。
 精密なミニチュアの椅子を見て
 千秋「可愛いって、どうゆうことだろう。小さいものって可愛いだろう。あたし、今、これを見下している。そして可愛いと思っている。だとすると、そういうのって、生意気じゃないかな。小さいからっていったらさあ、この子達は、自分が《座れない》から、《椅子じゃない》から《可愛い》と思われたわけじゃないか。それって、この子達に失礼じゃない?」
 岡部「この椅子は《椅子》じゃあないからです。これは人間が《座る》ために作られたものじゃない。だとしたら《可愛い》というのは実に妥当な感想だし、不遜でも失礼でもない筈です。」
 千秋「でもさあ、相手が人間だったらどうなんだい。《可愛い》っていって、いいのかなあ」
 岡部「いわれたら、腹が立ちますか?」(「覆面作家に愛の歌」より一部抄)と実にホノボノと物語が進んでいきます。
 『覆面作家は二人いる』『覆面作家の愛の歌』『覆面作家の夢の家』の三部作完結です。


【2】「星虫」「イーシャの舟」岩本隆雄著「新潮文庫」
 「星虫」は、将来宇宙飛行士になりたいという思いを隠して猫をかぶっている優等生主人公「氷室友美」と居眠りばかりしていて寝太郎と渾名される「相沢広樹」が命をかけて宇宙からの贈り物「星虫(宇宙船の子?)」を羽化させ宇宙に帰すファンタジー小説です。
 物語の設定やその進行のあまりの理不尽さに怒りさえ覚える方もみえるでしょうが、ファンタジーなんだと自分を誤魔化せれば充分に楽しめます。 
 星虫

 「イーシャの舟」は、宇宙船に乗ってきたイーシャが初めは自分を天邪鬼と思い込み、そして宇宙人と自覚して成長する騒ぎに巻き込まれた「宮脇年揮」が振り回されるファンタジー小説です。
 この2冊は表と裏の関係になっていて、つまりは、イーシャが乗ってきた宇宙船の卵が「星虫」という関係になります。どちらから読んでも面白いですが、2冊とも読んでいると後から別の出版社から出る一連のシリーズと関連してより楽しめます。
 (そのシリーズの詳細については、後刻掲載します。)
 イーシャの舟

【3】「裂けて海峡」志水辰夫著「講談社文庫」
 純粋な和製ハードボイルド小説です。
 弟が船長をしていた船が消息不明になり、刑務所をでた主人公知巳が、消息不明になった乗務員達の遺族を訪問し、お詫びを兼ねた調査を始めたら、国家が関わる重大な事件が透けて見えてくる。
 そこに腐れ縁の理恵が絡み、後半部では二人の逃避行となります。
 『薄暮れの海がまた素晴らしかった。西へ向かって空全体が火色に炎上していた。彩雲が、白から赤を経て黒に至る全ての色を蔵している。
 しかもそれは無限に明るく、明度を沈ませるだけでけっして暗くないのだ。海までが鮮紅色を映し取って燃えた。水平線で分って金色の光が競演していた。
 「涙が出てきそうな夕焼けよ」理恵が息をはずませながら言う。
 「わたしたちへの天の贈物だ」きざなセリフがまだ言い足りない。
 かまうものか。海は揺籃、頭上に天蓋、夕陽に頬を染めて理恵がいる。横に並んでわたしがいる。
 香しく駆け抜けて行く風と、やさしさを歌いあげてくれる波と。
 この瞬間はまぎれもなくわたしたちのものだ。』(「裂けて海峡」より)
 「杉の花粉」は思わず泣きそうになりました。
 裂けて海峡

【4】「人形はこたつで推理する」「人形は遠足で推理する」我孫子武丸著「講談社文庫」
 内気な腹話術師朝永嘉夫が操る人形「鞠小路鞠夫」(何故か自分でしゃべってしまう)と朝永に思いを寄せる「おむつ」と渾名される「背尾睦月」が絡む、恋愛?ミステリーの傑作です。
 両方が内気で、中々進展しない仲をとりもつのが、人形「鞠小路鞠夫」。この3人(?)の会話にはホッとさせられます。
 あと1冊シリーズが続くのですが、ちょっと登場人物に不快な人間が出てきてしまったため、「杉の花粉」は、本屋での立ち読みだけで購入は思いとどまりました。
 人形はこたつで推理する
 人形は遠足で推理する 

【5】「占い師はお昼ね中」「幻獣遁走曲」倉知淳著「創元推理文庫」
 「占い師はお昼ね中」は、渋谷のおんぼろビルにある「霊感占い所」の辰吉叔父とアルバイトの姪、美衣子を主人公とする辰吉叔父によるアームチェアデティクティブ小説です。
 「幻獣遁走曲」は、いっぷう変わったアルバイトに明け暮れる神出鬼没の名探偵「猫丸先輩」による謎の解き連作短編集です。
 これらの本は内容の面白さはもちろんですが、それ以上に「ほのぼの」「のほほん」と進む倉知淳の作風にホッとさせられます。
 幻獣遁走曲

【6】「金閣寺に密室」「いろはに暗号」鯨統一郎著[祥伝社文庫、祥伝社]
 「金閣寺に密室」は、建仁時の小坊主一休を主人公とした密室殺人推理小説です。
 〈「しかしお前は読経をしていただろう。皆に背を向けて読経をしていたのでは、確かめることはできない筈」「あては、仏さんに背を向けて読経をしましたんや。つまり、皆の方を向いて読経したのどす。そこであては、いてはならないお人を見てしもうた」とか
 「そのような大量の偽金を、いったいどこに隠しておくというのだ」「建仁寺の眠蔵の壺の中に。」「和尚は、壺の中には毒が入っているから絶対開けてはならぬと仰ったが、中には偽金が入っていたのや」
 「壺の中には、水飴が入っていたではないか」「それは万が一開けられたときに、眼眩ましの役目をさせるためや。水飴を見つけた小僧たちは、そこで安心してそれ以上壺を引っかき廻すのをやめてしまう。」〉(「金閣寺に密室」より引用)
など、みんなが知っている一休小話が犯人を見つけるための複線になっています。
 少し哀しくなる場面もありますが、結末には驚かされてしまいました。人恋しさを忘れてしまいます。
 金閣寺に密室(ひそかむろ) 

 「いろはに暗号」は、空海をホームズに、友人の公卿「橘逸勢」をワトソンに当て嵌めた謎解き小説です。
 この小説では、なんと京の「嵐山」が消えてしまいます。
 藤原薬子の伝説、「雨を降らせた」とか「目の前の仏像を消した」などが複線になって謎が解明されていきます。
 「書き下し」のため「金閣寺に密室」ほど凝った作品にはなっていませんが、結局誰も悪い人はいないので読後感がさわやかな1冊です。

【7】「平安妖異伝」平岩弓枝著[新潮文庫]
 時は平安時代、あらゆる楽器に通じ異国の地を引く少年楽士秦真比呂が、若き日の藤原道真の周りに降り懸かる怪異な出来事を「当時の雅楽の楽器」を使って解決していきます。

 〈(象太鼓の怪異を鎮めた後)この国は、まことに良い国だと真比呂は羅城門の上を見渡すようにしていった。
 「春夏秋冬と申す四季がございます。一年の始まりには、天子様がまず、昨年の穢れを払って正月の神様をお迎えなさいます。
 そして中宮様、皇太后様、東宮様が天子様に続き、それから摂政関白様、左大臣様、右大臣様、やがて万民が正月の神を迎えて平安を祝し、喜び合います」
 「人が毎年、同じことを繰り返すのは、繰り返すことが永遠につながると信じているからでございます。人の命は短くとも、一つの命が終わった時、次の命が続きます。その命が終われば、また新しい命が・・・それが正月の心と申すものではありませんか。
 その大切なけじめの時に、繰り返すことを否定なさる。そこにわざわいがつけ込みました。」(「平安妖異伝」より引用)

 東宮の大饗に暴言を吐いた藤の長者「藤原道隆」のためにこの怪異が生じたと真比呂は言ってのけます。
 後の歴史からは想像できないくらい藤原道長が正義感に満ちた貴公子として登場します。
 妖物が全て悪い訳じゃない。本当に悪いのは人間のほうなのだ。と声高に主張するのではなく、淡々と静かな笙の音のように物語が進んでいくハートウォームな1冊です。
 続編を期待しているのですが、なかなか平岩弓枝は書いてくれません。  (平岩弓枝って未だ生きてましたよね?)
 平安妖異伝
 
【8】「野火子」五木寛之著[集英社文庫]
 朽ち果てた炭鉱住宅、貧乏で葬式が出せずに自分たち子供で埋めた母親の眠るボタ山から決別するため東京に向かい、旅客機で隣に座った紳士黒木の車で東京湾に向かいます。
 黒木の車が走り去った後、海に向かって、持っているもの、着ているもの、自分の名前など全てを投げ込み、素っ裸で「野火子」となった主人公。
 その裸身を高級車のライトが照らします。送ってくれた黒木の妹マヤの車でした。
 「面白い子がいるからと兄に進められて東京湾に来たら貴女がいた」と自分のブティックに連れ込んで、友達の売れっ子デザイナーアキラに店の品を自由に使わせ着飾らせます。
 「1年間に限って世の中の贅沢な生活」を「退屈しのぎ」にプレゼントするというマヤの申し出に、最初は拒んでいた野火子ですが、最後には「自分はそのために生まれ変わったんですもの」と承諾し二人の生活が始まります。
 ブティックの店員、香港での出店の手伝いと贅沢な生活を送る野火子。そこで毎年マヤが開催するパーティーの今年の目玉「かつて1度しか敗北したことのない、世界で最も有名な催眠術師タターロフの催眠術」が待っていました。
 自信家がいつの間にか彼の術に嵌っていく中、野火子は術にかかりません。
 そこで、2度目の敗北を喫したタターロフから「人智の及ばぬ至上の快楽」を与えられます。その快楽とは・・・・・。
〈(アキラが、野火子、マヤ、黒木の3人を連れていった店「ホワイト・サタン」は白一色に統一された豪華な店です。その店がなぜサタンなのかマヤが聞くと)
 (アキラ)「その窓際のボタンを押してごらん」野火子カーテンの下の白いボタンを指で押した。軽い音がして、そこの部分に人間が一人通り抜けられる位の窓が開いた。「そこから外へ出るんだ。」〉
 〈(マヤ)「一体なにが見えるというの?」「よし。変わろう」黒木が望遠鏡から離れた。〉
 〈(マヤ)「これはちょっと凄いわね」
 (アキラ)「それを眺めながら最高級の酒を飲み、飛行機で運ばせた魚を食べ、そして最も美味なステーキを一口たべて残すんです。後は美少年にセクシャルなサービスをさせようと、美少女を抱こうと自由にやればいい。
 サタンの快楽とは、そういう意味です。
 天国が最も素晴らしいのは、地獄の苦しみを見おろして昼寝をしている時でしょうね。ただどちらを向いても天国だけじゃ、全く無意味ですから」〉

 〈野火子は、目の前に手に取るように見える左端の部屋の情景をみつめ続けた。そこでは数人の廃人のような男や女たちが、寝転んだり、座ったりしながら空虚な眼を見開いていた。
 一人の男が、注射器を鍋の中から取り出して、そばの若い女の手の甲に無造作に突き刺した。女は半ば唇をあけ、快楽を吸い尽くそうとするように眉をしかめて動かない。
 それが麻薬を打っているのだという事にようやく野火子が気づいたとき、彼女は自分が注射針を手の甲に突き刺されたような気がした。
 男も女も、すでに廃人の臭気を発している。一人の女が半ば裸で、犬のような姿勢で男と交わっているのが見えた。まわりの連中は、それに全く関心がないように宙を見つめて定まらない視線を投げている。
 「汚いわ」野火子は思わず呟いた。「あたしたちの炭鉱住宅も汚かったけど、あんなに人間が荒廃してはいなかったわ。」〉(以上「野火子」より引用)
 ちょっと哀しい場面がいくつかありますが、常に前を向き続ける野火子に魅せられてしまいます。ハートウォームとは言えないかも知れませんが、読後感が爽やかな1冊です。

【9】「陽のあたる坂道」石坂洋二郎著[新潮文庫]
 映画化もされていて、これぞ「青春映画」といった作品です。
 「裕福で進歩的で明るい田代家に家庭教師として主人公倉本たか子が入ってみると、そこにあるのは欺瞞だらけの家族関係だった」と本の後書にあります。
 しかしながら、もう一人の主人公田代家の妾腹の次男信次の男らしさと倉本たか子の凛としたやさしさにほのぼのとさせられます。
 妹の怪我の原因から兄を庇って見せたりするのは、お愛嬌ですが、倉本たか子に対する兄との奪い合いの中で、「兄が、ある女を孕ませて中絶させた」のを「信次がしたことだ」と兄が倉本たか子に告げてしまいます。
 たか子から詰問された信次は否定しません。
 「てめえが死ぬほど惚れた相手なら、何があっても手に入れろ。馬鹿!」と思わず叫んでしまいますが。ハッピーエンドが爽やかな、実にハートウォームな一冊です。
 陽のあたる坂道改版





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